福音のヒント

主日のミサの福音を分かち合うために

年間第26主日 (2016/9/25 ルカ16章19-31節)  


教会暦と聖書の流れ


 イエスのエルサレムへの旅が続いています。この旅の段落の中に、ルカは他の福音書にないイエスの多くの言葉を伝えています。今日の箇所のたとえ話もルカ福音書だけが伝えるものです。なお、お金や富の問題は先週の福音から続いているテーマだとも言えます。


福音のヒント


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  (1) この箇所の少し前の14節には「金に執着するファリサイ派の人々」という言葉がありました。ファリサイ派は当時のユダヤ教の一派で、律法と口伝律法(律法学者たちによる律法解釈)を厳格に守ろうとした宗教熱心なグループでした。彼らがなぜ、「金に執着する」と言われるのでしょうか。隣人を愛し、貧しい人のために自分の持っているものを分かち合うという律法に表された神の根本的な要求よりも、自分の生活の豊かさを確保した上で、安息日の義務や清めに関する細かい規定を熱心に守ろうとしていた態度のためなのでしょうか。だとすれば、「金に執着する」という言葉は、わたしたちにとっても他人事ではないかもしれません。

  (2) 19-21節で、この世での金持ちとラザロの生活が対比されます。当時嫌われていた動物だった犬が近づくということもラザロの状態の悲惨さを強調しています。22節以降には、死後の世界についての描写があります。「天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた」とか「陰府(よみ)でさいなまれ」とか「わたしたちとお前たちの間には大きな淵(ふち)があって」などです。ここにある死後の世界の具体的な描写は当時の人々の考えに基づいたものであり、イエスが死後の世界のありさまについて教えようとしていると考える必要はありません。むしろここでイエスは、死という時・決定的な神の「裁き」という観点から見て、今をどう生きるかを鋭く問いかけているのです。
 なお、このラザロという人は特別に正しい人であったとは言われていませんが、金持ちと貧しいラザロの状況は死後、逆転してしまいます。このような神による逆転は、ルカ福音書の特徴といえるかもしれません(ルカ1章52-53節、6章20-26節参照)。この逆転の根底には、「神は真実な方で、貧しい人の苦しみを決して見過ごされることはない」という考えがあります。

  (3) 「お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる」(29節)、「モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう」(31節)と言われますが、それは、貧しい人を助けなければならない、ということについて、旧約聖書をとおしてすでにはっきりと聞いているはずだ、ということです。たとえば、申命記にはこういう箇所があります。
 「あなたの神、主が与えられる土地で、どこかの町に貧しい同胞(どうほう)が一人でもいるならば、その貧しい同胞に対して心をかたくなにせず、手を閉ざすことなく、彼に手を大きく開いて、必要とするものを十分に貸し与えなさい。・・・・彼に必ず与えなさい。また与えるとき、心に未練があってはならない。このことのために、あなたの神、主はあなたの手の働きすべてを祝福してくださる。この国から貧しい者がいなくなることはないであろう。それゆえ、わたしはあなたに命じる。この国に住む同胞のうち、生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい」(申命記15章7-11節)。
イザヤ書にもこうあります。
 「わたしの選ぶ断食とはこれではないか。悪による束縛を断ち、軛(くびき)の結び目をほどいて、虐(しいた)げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え、さまよう貧しい人を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと。そうすれば、あなたの光は曙(あけぼの)のように射し出で、あなたの傷は速やかにいやされる。・・・・飢えている人に心を配り、苦しめられている人の願いを満たすなら、あなたの光は、闇の中に輝き出で、あなたを包む闇は、真昼のようになる」(イザヤ58章6-10節)。

  (4) このような言葉を、この金持ちとその兄弟たちは聞いていたはずだ、というのです。この金持ちが聞き逃したのはそういう聖書のメッセージであり、見過ごしたのは目の前の人の苦しみでした。わたしたちにとっても呼びかけは2つあると言えるでしょう。1つは「聖書」からの呼びかけ、神が人間に何を望んでおられ、わたしたち人間は何をすべきか、ということです。もう1つは「現実」からの呼びかけです。自分の家の目の前に、貧しい人が横たわって苦しんでいる、そのような現実はわたしたちに何かを呼びかけているはずです。そして、聖書をとおしての神の呼びかけと、目の前の人間の現実の必要が結びついたときに、わたしたちの具体的な行動への呼びかけになります
 わたしたちはそういう呼びかけを聞いているでしょうか。それに応えているでしょうか。どうしたらその呼びかけに本当に応えることができるでしょうか。

  (5) 「死者の中から生き返る者」(31節)という言葉は、イエスご自身を暗示しているのでしょうか。もちろんここでは、その者を見ても回心しないだろう、と言われるのですが、福音書の言葉を読む時に、イエスご自身の姿を思い浮かべることはいつも大きなヒントになります。イエスは単に言葉による教えを述べたのではなく、「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだった」(Ⅱコリント8章9節。きょうのアレルヤ唱参照)と言われる方です。それは単なる「施し」をはるかに超える姿でした。さらにマタイ25章31-46節で、イエスが、飢え、のどが渇き、旅をしていて、裸であったり、病気であったり、牢にいる人にしたことは「わたしにしてくれたことだ」と言った言葉も思い出すならば、「イエスは死者の中から復活して、貧しい人・もっとも小さな兄弟の中にいる」と言えるかもしれません。わたしたちは、そのイエスの姿に気づくことができるでしょうか。




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聖書朗読箇所

第一朗読 アモス6・1a、4-7


 〔主は言われる。〕
1 災いだ、シオンに安住し
 サマリアの山で安逸をむさぼる者らは。
4お前たちは象牙の寝台に横たわり
 長いすに寝そべり
 羊の群れから小羊を取り
 牛舎から子牛を取って宴を開き
5竪琴の音に合わせて歌に興じ
 ダビデのように楽器を考え出す。
6大杯(たいはい)でぶどう酒を飲み
 最高の香油を身に注ぐ。
 しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。
7それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き
 寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。


第二朗読 一テモ6・11-16


 11神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。12信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。13万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。14わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。15神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、16唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。


福音朗読 ルカ16・19-31


 〔そのとき、イエスはファリサイ派の人々に言われた。〕19「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。20この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、21その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。22やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。23そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。24そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』25しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。26そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』27金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。28わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』29しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』30金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』31アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」


Posted on 2016/09/17 Sat. 11:17 [edit]

category: 2016年(主日C年)

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