福音のヒント

主日のミサの福音を分かち合うために

年間第33主日(2017/11/19 マタイ25章14-30節)  


教会暦と聖書の流れ


 イエスは地上の活動の終わりに、エルサレムの東にあるオリーブ山の上で、エルサレムの町を見ながら弟子たちに向けて終末についての説教をしました(マタイ24-25章)。24章42節から「目を覚ましていなさい」というテーマがずっと展開されていますが、きょうの箇所は年間第32主日の「10人のおとめ」のたとえに続く箇所です。ここでも、いつか突然訪れる終わり(キリストの再臨)に向かって「目を覚ましている」とはどういうことか、最終的に神の目から見て何が良しとされるのか、ということがテーマになっています。


福音のヒント


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  (1) この「タラントン」のたとえは明らかに、世の終わりまでわたしたちがどう生きるべきかを問いかけるものです。ルカ福音書19章12-27節にある「ムナ」のたとえによく似ていますが、違う面もあります。「タラントン」のたとえでは、「一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントン」が預けられましたが、「ムナ」のたとえでは「十人の僕(しもべ)を呼んで十ムナの金を渡し」とあり、だれもが同じように1ムナずつ預けられたことになっています。「ムナ」のたとえは、神が一人一人に同じものを与えてくださっているということを大切にしているのでしょう。それは一人一人に与えられた「いのち」でしょうか、「神からの愛」でしょうか。同じものを与えられてもどう応えるかは人によって異なり、そこが問われる、という、この「ムナ」のたとえのほうが「タラントン」のたとえよりも分かりやすいかもしれません。

  (2) 「タラントン」のたとえで、人それぞれに与えられるものが違っていることを、どう考えたらよいのでしょうか。「それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントン」というところを読んで「神様は不公平だ」と感じる人がいるかもしれません。しかし、1タラントンでも実はたいへんな金額です。1タラントンは6,000デナリにあたり、1デナリが1日の日当だと言われますから、1タラントンは、約20年分の賃金ということになります。また「1タラントン」は「1ムナ」の60倍であるということも考えれば、「タラントン」のたとえは、神から与えられたものの大きさ・豊かさを、極端にまで強調していると言えるでしょう。
 現実に人が神様から委ねられたものを不公平だと感じることは確かにあります。人間的な目で見れば、一方にはあらゆる面で恵まれている人がいて、一方にはあらゆる面で恵まれない人がいる、と感じることは少なくありません。タラントンのたとえはこの人間的な見方と神の見方の違いを際立たせようとしているのではないでしょうか。

  (3) 3番目の僕の態度「穴を掘り、主人の金を隠しておいた」というのは、当時の考えでは最も安全な財産の保管方法だったそうです。一方「銀行に入れておく」のはそれよりもリスクがありました。しかし、主人の望みは、安全にタラントンを保管することではなく、それを生かして用いることだったのです。
 1タラントン預けられた僕は委ねられたものの大きさに気づかなかったようです。「あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だ」(24節)というのは、彼が「自分にはたった1タラントンしか預けられなかった」と感じていたことを表しているのでしょう。彼がそう感じたのは、主人との関係の中でどれほど大きなものを預けられているか、というのではなく、前の二人と比較して自分には少しだけだ、と考えてしまったからです。しかし、人との比較は神の前ではどうでもよいのです。自分に預けられたタラントンをどう用いるか、それだけが神の目から見て大切なことです。

  (4) この「タラントン」とは何を指しているのでしょうか?「10人のおとめ」のたとえの中の「油」と同じように、この箇所の中にタラントンの説明はありません。一般的には「神から与えられ、預けられたもので、生かして用いることを求められているもの」と考えることができるでしょう。もしここで「10人のおとめ」のたとえ同様、続く31-46節をたとえ話の説明だと考えれば、やはり「タラントン」とは「愛」のことだと言えます。人と比較して自分のほうが愛されていない、と考えても何にもなりません。神から注がれた愛の大きさに気づいて、その神の愛にどう応えたか、それが問われるのです。
 「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」の「忠実」(ギリシア語の「ピストスpistos」)という言葉は本当は「お金に忠実」ではなく「主人に忠実」であることだと考えるべきでしょう。「少しのもの」というのは最終的に神から与えられる計り知れない恵みと比較しての表現です。そしてこの計り知れない多くの恵みは大きな金額というよりも「主人と一緒に喜ぶ」(直訳では「主人の喜びに入る」)ことだと言っていいのではないでしょうか。神の喜びがわたしたちの喜びとなる、その世界にわたしたちは招かれているのです。

  (5) 主人の望みは、結果的にお金を増やすことなのでしょうか、それとも、結果はどうあれお金を用いること自体が求められているのでしょうか。たとえ話そのものでは、結果的にお金を増やしたことが評価されていますが、商売には必ずリスクが伴いますから、もしお金を損してしまったらどうなのか、という疑問も起こるでしょう。この箇所の中にその答えを求めるのは無理なことです。しかし、たとえ損をしても主人は褒めてくれる、と考える可能性はあるのではないでしょうか。なぜなら、イエスご自身の生き方、その受難と死は、ある意味で、神から与えられたものを全部使い果たしてしまうような生き方だったからです。




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聖書朗読箇所

第一朗読 箴言31・10-13、19-20、30-31


10 有能な妻を見いだすのは誰か。真珠よりはるかに貴い妻を。
11夫は心から彼女を信頼している。儲けに不足することはない。
12彼女は生涯の日々
夫に幸いはもたらすが、災いはもたらさない。
13羊毛と亜麻を求め、手ずから望みどおりのものに仕立てる。
19手を糸車に伸べ、手のひらに錘をあやつる。
20貧しい人には手を開き、乏しい人に手を伸べる。
30あでやかさは欺き、美しさは空しい。
主を畏れる女こそ、たたえられる。
31彼女にその手の実りを報いよ。その業を町の城門でたたえよ。


第二朗読 一テサロニケ5・1-6


1兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。2盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。3人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。4しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。5あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。6従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。


福音朗読 マタイ25・14-30


〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕14「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。15それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、16五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。17同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。18しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
 19さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。20まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』21主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』22次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』23主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』24ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、25恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』26主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。27それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。28さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。29だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。30この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

Posted on 2017/11/10 Fri. 08:30 [edit]

category: 2017年(主日A年)

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