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福音のヒント

主日のミサの福音を分かち合うために

年間第19主日 (2018/8/12 ヨハネ6章41-51節)  


教会暦と聖書の流れ


 三年周期の主日のミサの聖書朗読配分で、今年(B年)は主にマルコ福音書を読む年ですが、その途中(年間17~21主日)にヨハネ福音書6章の朗読が入り込んでいます。ヨハネ6章は、イエスが5つのパンと2匹の魚で大群衆を養った話(先々週の箇所)に始まり、パンについてのイエスと群衆の対話が続きます。先週の箇所は「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」(35節)というイエスの宣言で結ばれていました。きょうの箇所はその少し後から始まります。


福音のヒント


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  (1) ヨハネ福音書は1世紀末か2世紀の初めに書かれたと考えられています。紀元80年にユダヤ教はキリスト信者を会堂から追放するという決定をしました。ヨハネにとってはユダヤ人=ユダヤ教徒がイエス・キリストを受け入れないということは現実のことになっていました。ヨハネ福音書には「ユダヤ人」という言葉がたびたび使われていますが、イエスの時代のユダヤ人というよりも、キリストを受け入れないことが決定的になった時代のユダヤ教の人々を指すような表現です。この箇所での人々の反応も、ヨハネ福音書が書かれた時代のユダヤ人全般の反応だと考えたらよいでしょう。また、この箇所のイエスの言葉は、イエスが語った言葉そのものというよりも、長い年月をかけてイエスの言葉が受け継がれる中で、ユダヤ教に対するキリスト教の反論として拡大していったものだと見てもよいでしょう。

  (2) 「パン」はもちろん、人の命を生かすもののシンボルです。「天から降(くだ)ってきた」というのは、人を真に生かすものは神から来るということを表しています。この箇所には「この世の命」と「永遠の命、復活の命」についてのいろいろな表現が見られます。
 聖書の根本的な生命観は、創世記2章7節の「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」という箇所によく表れています。人は神とのつながりによって生きるものであって、神とのつながりを失ったらただ滅び行くものでしかない、という見方です。イスラエルの民は紀元前2世紀、セレウコス朝シリアの支配下での厳しい宗教迫害を体験しました。この体験をとおして、神とのつながりは、この世の命の中だけのことでなく、この世の命が終わった後、死を超えて完成されるという信仰が形作られました。それが「復活の信仰」です。
 一方、47節の「信じる者は永遠の命を得ている」は現在形になっています。これは死後の命について語っているのではなく、今、神とのつながりに生きるとき、そこにもう永遠の命が始まっているということを意味しています。「死なない」(50節)という言葉も、この世の命のレベルで死なない、という意味ではなく、「神とのつながりの中にある命は決して滅びない」ことを表しています。今もうすでにわたしたちが永遠の命を生きていると感じられるとしたら、それはどういうことでしょうか?

  (3) 49節に「マンナ」という言葉が出てきますが、この箇所全体の背景には旧約のマンナの話があります(なお、新共同訳の旧約では「マナ」と表記されています)。マンナはイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒れ野を旅していた時に、神から与えられた食べ物でした。これについて、出エジプト記16章にはこう述べられています。
 「15 モーセは彼らに言った。『これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。16 主が命じられたことは次のことである。「あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。」』17 イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。18 しかし、オメル升(ます)で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。19 モーセは彼らに、『誰もそれを、翌朝まで残しておいてはならない』と言ったが、20 彼らはモーセに聞き従わず、何人かはその一部を翌朝まで残しておいた。虫が付いて臭くなったので、モーセは彼らに向かって怒った。21 そこで、彼らは朝ごとにそれぞれ必要な分を集めた。日が高くなると、それは溶けてしまった。」
 ここにマンナという食べ物の特徴が表れています。荒れ野という厳しい環境の中で、神はすべての人に必要なものを日々与え、一人ひとりが今日必要なものを与えられました。そこではすべての人が平等でした。人間が持ち物を蓄えようとするところから人と人との間に不平等が生まれ、そこに争いが生じるようになるのではないでしょうか。だとしたらマンナによって生きることは、理想の生き方だとも言えるでしょう。本当に神によって生きること、人と人とが愛と平和のうちに生きること、それがマンナの示している世界であり、5つのパンの出来事をとおして示されている世界なのです。わたしたちの世界はどうでしょうか? あまりにも聖書からかけ離れた世界だと嘆いていても仕方ありません。この現実の中でわたしたちには何ができ、何が求められているのでしょうか?

  (4) 44節「父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない」という言葉から、イエスを信じる人と信じない人を神が前もって決めていると考えるべきではありません。ヨハネ福音書はユダヤ教との決裂が決定的になった時代に書かれています。この表現は、ユダヤ人がイエスを受け入れなかったことも神の計画の一部だったということを言い表そうとしているのかもしれません。あるいは、イエスを信じることが人間の力ではなく、神の恵みによることだということを強調しているのかもしれません。 
 「命のパンであるイエスを食べる」とはどういうことでしょうか。それはイエスのもとに来て、イエスを信じることです(35節)。一方、きょうの箇所の最後に「わたしが与えるパン」という表現が現れ、それは「わたしの肉」であると言われています。これまでの箇所と密接に関係しながら、ここからから新しいことが言われています。51節の終わりから、直接「聖体(エウカリスティア)」のことが語られ、来週の箇所に続いていくのです。




ダウンロードできます
「福音のヒント(PDF)」
※集い用に、A4サイズ2ページで印刷できます。


聖書朗読箇所

第一朗読 列王記上19・4-8


 〔その日、王妃イゼベルが自分を殺そうとしていることを知ったエリヤは、〕4荒れ野に入り、更に一日の道のりを歩き続けた。彼は一本のえにしだの木の下に来て座り、自分の命が絶えるのを願って言った。「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません。」 5彼はえにしだの木の下で横になって眠ってしまった。御使いが彼に触れて言った。「起きて食べよ。」 6見ると、枕もとに焼き石で焼いたパン菓子と水の入った瓶があったので、エリヤはそのパン菓子を食べ、水を飲んで、また横になった。7主の御使いはもう一度戻って来てエリヤに触れ、「起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐え難いからだ」と言った。8エリヤは起きて食べ、飲んだ。その食べ物に力づけられた彼は、四十日四十夜歩き続け、ついに神の山ホレブに着いた。


第二朗読 エフェソ4・30-5・2


 4・30〔皆さん、〕神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。 31無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。 32互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。 5・1あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。 2キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。


福音朗読 ヨハネ6・41-51


 41〔そのとき、〕ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、 42こう言った。「これはヨセフの息子のイエスではないか。我々はその父も母も知っている。どうして今、『わたしは天から降って来た』などと言うのか。」43イエスは答えて言われた。「つぶやき合うのはやめなさい。44わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない。わたしはその人を終わりの日に復活させる。45預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。 46父を見た者は一人もいない。神のもとから来た者だけが父を見たのである。 47はっきり言っておく。信じる者は永遠の命を得ている。48わたしは命のパンである。 49あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。50しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。 51わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」

Posted on 2018/08/03 Fri. 08:30 [edit]

category: 2018年(主日B年)

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