福音のヒント
主日のミサの福音を分かち合うために
年間第27主日 (2021/10/3 マルコ10章2-16節) 
教会暦と聖書の流れ
マルコ福音書では、2回目の受難予告(9章31節)の後に、イエスのさまざまな行動や言葉が伝えられています。先週の箇所(9章38-50節)に続くきょうの箇所では、当時、社会的な立場・評価の低かった女性と子どもに対するイエスの見方が示されています。ここには、イエスがいのちがけで伝えようとした神(アッバ)の心がよく表れていると言えます。
福音のヒント
(1) イエスの時代の「離縁」の問題と現代の「離婚」の問題は同じではありません。圧倒的な男性優位の社会でしたから妻の側からの離婚の申し出や協議離婚などありえず、「離縁」といえば一方的に「夫が妻を追い出すこと」だったのです。
この「離縁」について、申命記にはこう規定されていました。「人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる」(申命記24章1節)。この律法は「離縁」のために2つの条件をつけています。1つは「何か恥ずべきことを見いだし」です。夫が妻を離縁するためには、妻の側に明らかな落ち度がなければならないのです。もう1つは「離縁状を書いて彼女の手に渡し」で、これは追い出された女性に再婚の可能性を保証することでした。ただ家を追い出されただけでは、前の夫との関係が切れていないので、再婚できません。男性優位の社会の中で女性が一人で生きていくのは、非常に困難なことでした。そこで、追い出される女性にせめて再婚の可能性を保証することが求められたのです。これは紀元前のイスラエル社会の中では、女性の立場を少しでも守ろうとしている規定だと言えないこともないのです。
(2) ところで、イエスの時代、律法学者の中にヒレル派とシャンマイ派という有力な2つの派があったことが知られています。この箇所についての解釈はこの2派で分かれていました。シャンマイ派は「何か恥ずべきこと」を妻の側の異性関係の問題と解釈したのに対して、ヒレル派は「何か」と「恥ずべきこと」を分けて読み、この「何か」にはもっといろいろなことが含まれるとしました。有名な例に「夫の食べ物を過って焦がしてしまう」というのがあります。つまり、妻のどんな小さな落ち度でも、夫が気に入らないとなれば、離縁する正当な理由になったのです。一般にこのヒレル派の解釈が通用していました。だから、きょうの箇所でイエスの対話の相手も「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」(4節)と言い、「何か恥ずべきこと」という条件は無視しています。「離縁状さえ書けば、妻を離縁してよい」これが当時の一般的な考えでした。律法学者は皆、男性です。何百年かの間に、この律法は男性に都合のいいように解釈されていったのです。
(3) イエスは当時の社会の中で、夫に追い出され、路頭に迷う多くの女性たちを見ていたのでしょう。断固として離縁に反対します。神の心は、夫が妻を離縁することを許すことではない、とイエスは主張します。そして、モーセの時代よりもさかのぼり、人間の創造の物語について語ります。「神は人を男と女とにお造りになった」(6節)は創世記1章27節の引用です。神にかたどって創造された男女が神の前に対等であることを語る箇所です。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(7-8節)は創世記2章24節の引用です。そして結論として、イエスはこう言われます。「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」(9節)。
妻とは何か? それは神が与えてくださったかけがえのないパートナーではないか。妻を自分の都合がよければ家に置いておき、都合が悪くなれば追い出せるようなものと考えるのはおかしいではないか・・・ということでしょう。イエスは律法の規定や結婚という制度を守ろうとしているのではなく、その中に生き、苦しんでいる一人ひとりの人間(ここでは弱い立場にいた当時の女性たち)を守ろうとしているのではないでしょうか。このように見るとイエスの言葉は「新しい律法」ではなく、まさに「福音(よい知らせ)」なのです。
(4) 11-12節は一般的に離婚を禁じる言葉ですが、ここには「妻を離縁して他の女を妻にする者」(つまり男性)だけでなく「夫を離縁して他の男を夫にする者」(女性)のことが書かれています。これは前に述べたように、イエスの生きていたユダヤ社会ではありえないことでした。しかし、初代教会が地中海沿岸に広がる中では、このような地域もあったと考えられます。こう考えると、これはイエスご自身の言葉ではなく、初代教会の人々がイエスの言葉を受け取って、それを厳格に守ろうとする中で、付加された言葉のようです。
初代教会の人々は、イエスの言葉を「新しい掟」として受け取りました。キリスト教は結婚の絆を非常に重要視し、神聖なものと考えるようになりました。それは確かに古代社会一般の中で女性の立場を守る役割を果たしたと言えるでしょう。しかし、掟には危険があります。「掟さえ守ればいい=離婚さえしなければいい」となってしまう危険です。本来のイエスの言葉の意味は「離婚してはいけない」という掟ではなく、結婚とは、互いに相手を神が結び合わせてくださったかけがえのないパートナーとして大切にすることではないか、ということだったのではないでしょうか。
(5) イエスの時代のユダヤでは子どもは「無能力者」の代表でした。人間として価値を認められるのは、律法を学び守ることであり、その基準からすれば、無知で無力な子どもは無価値であると見なされていました。イエスの弟子たちでさえ子どもたちを追い払おうとしたのは、そういう社会だったからです。イエスは違います。14節「神の国はこのような者たちのものである・・・」。アッバ(父)である神は人の能力や功績にかかわらず、すべての人を愛し、それゆえ特別に小さく無力な者に目を注いでくださる。人は誰でもその神の愛を恵みとして受け入れ、信頼をもって自分をゆだねていくのが本来のあり方ではないか!
イエスはわたしたちの人に対する見方に挑戦してきます。「自分にとって都合がいいかどうか、どれだけ役に立つか」という見方ではなく、目の前の人を神が出会わせてくださった人、同じ神の子ども・自分の兄弟姉妹として見るべきではないか、と!
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第一朗読 創世記2・18-24
18主なる神は言われた。
「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
19主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。20人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
21主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。22そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、23人は言った。
「ついに、これこそ
わたしの骨の骨
わたしの肉の肉。
これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう
まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」
24こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
第二朗読 ヘブライ2・9-11
9〔皆さん、わたしたちは、〕「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。
10というのは、多くの子らを栄光へと導くために、彼らの救いの創始者を数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の目標であり源である方に、ふさわしいことであったからです。11事実、人を聖なる者となさる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一つの源から出ているのです。それで、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥と〔されないのです。〕
福音朗読 マルコ10・2-16
2〔そのとき、〕ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。3イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。4彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。5イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。6しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。7それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、8二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。9従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」10家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。11イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。12夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」
13《イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。14しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。15はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」16そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。》
Posted on 2021/09/24 Fri. 09:32 [edit]
category: 2021年(主日B年)
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