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福音のヒント

主日のミサの福音を分かち合うために

年間第5主日 (2022/2/6 ルカ5章1-11節)  


教会暦と聖書の流れ


 マタイ福音書やマルコ福音書では、イエスと最初の弟子になった人々の出会いの物語はイエスの活動の始めに置かれています(マタイ4章18-22節、マルコ1章16-20節)。ルカ福音書では、イエスがナザレやカファルナウムなどガリラヤ地方で活動を始めた後、しばらくしてから、この出来事が起こったことになっています。またルカの物語では、マタイやマルコの物語に「不思議な大漁」の物語が組み合わされているところに特徴があります。 


福音のヒント


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  (1) 「ゲネサレト湖」はガリラヤ湖の別名です。マタイやマルコで、ガリラヤ湖の漁師たちとの出会いが最初に置かれていることには意味があります。「神の国」の到来を告げ知らせるイエスの活動の、目に見える一つの実現の形が、イエスの呼びかけに応えてイエスに従った人々の姿だと言うことができるでしょう。また、この弟子たちがイエスのなさるすべてのことの証人になるわけですから、最初から一緒にいなくてはならないのです。ただし、ガリラヤ湖畔でいきなりイエスに声をかけられて、すぐについていったというのは少し不自然に感じられるかもしれません。マタイやマルコはこの最初の弟子たちの姿を理想化して描いているのでしょうか。一方ルカでは、ペトロたちは、イエスが「神の言葉」(1節)を語られるのを聞き、イエスの不思議な力に触れてから、イエスに従うようになりました。このほうが自然だと言えるかもしれません。

  (2) ガリラヤ湖の漁師は夜中に漁をしたと言われています。日中、魚は湖の深いところにいて、夜になると水面近くに上がってくるからです。シモンはイエスから頼まれて、イエスを自分の舟に乗せています。夜通し苦労して何も獲れなかったという疲労感や失望感の中でもイエスの頼みに応えようとしています。そこでシモンはイエスが語る「神の言葉」を聞くことになりました。そして、イエスから「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われます。プロの漁師としては、夜通し働いて獲れなかった魚が、日中になって獲れるはずがないと考えるのが普通でしょう。しかし、シモンは「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と言います。それはイエスが「神の言葉」を語るのを聞いていたからだと言えるのではないでしょうか。
 わたしたちの体験の中に、このようなことがあるでしょうか。頑張っても物事がうまくいかず、疲れ、失望しかけたときに、それでもイエスの言葉に励まされてもう一度やってみたら、思わぬ良い結果が生じた、というような体験です。わたしたちにとっての「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」とは、どんな時のどんな言葉でしょうか?
 
  (3) 不思議な大漁を見たシモン・ペトロは、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と叫びます。「主」(ギリシア語の「キュリオスkyrios」)は新約聖書の中で旧約を引用するとき、神について使う言葉です。「イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(使徒言行録2章36節)。これはペンテコステ(五旬祭、聖霊降臨の日)のペトロの説教の結びの言葉です。ペトロはイエスの死と復活をとおして、イエスが神の子であり、神と等しい方であることを確信することになります。しかし、この最初の出会いの時から、そのことは予感されているのです。
 ペトロはイエスの神的な力を感じて、「わたしから離れてください」と言います。神は聖なる方であり、その神に近づくと、罪深い者である人間はその聖性に耐え切れずに滅びてしまう、と考えられていました。この日のミサの第一朗読で読まれるイザヤの言葉も同様です。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚(けが)れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は/王なる万軍の主を仰ぎ見た」(イザヤ6章5節)。

  (4) そんなペトロに向かって、イエスは「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(10節)と言われます。イエスは罪深い人間を滅ぼすためにではなく、その罪をゆるすために来られました。「罪」とは「神から離れること」です。イエスは神の子として、人が神に立ち返り、神との親しさを取り戻すこと(これが「罪のゆるし」です)のためにこそ世に来られたのです。
ペトロには使命が与えられます。「人間をとる漁師」は直訳では「人間を生け捕りにする者」です。ここには人を「まことの命へと導き入れる」というニュアンスがあるのでしょうか。そして、この「不思議な大漁」の出来事は、これからの弟子たちの活動の実りの豊かさを暗示しているとも言えるのでしょう。なお、この10節の言葉はペトロ一人に向かって語られていますが、11節の「彼ら」にはもちろんヤコブとヨハネも含まれています。「すべてを捨てて」はイエスに従う者の典型的、理想的な姿と考えられます。

  (5) 不思議な大漁の話は、ヨハネ21章にもあります。これは復活したイエスと弟子たちとの出会いの物語です。時期や細部はずいぶん異なりますが、夜中にガリラヤ湖で漁をしても何も獲れなかったペトロたちが、イエスの言葉に従って網を下ろすとたくさんの魚が獲れたという点では共通しています。2回同じような出来事があったのでしょうか。1つの共通の伝承(言い伝え)があって、2つの福音書それぞれが別の仕方で伝えているのでしょうか。いずれにせよ、この2つの箇所から、福音の物語が2000年前の物語であると同時に、今のわたしたちと復活したイエスとの出会いの物語でもあると感じることができるのではないでしょうか。そのような物語としてきょうの福音を味わいたいものです。




ダウンロードできます
「福音のヒント(PDF)」
※集い用に、A4サイズ2ページで印刷できます。


聖書朗読箇所

第一朗読 イザヤ6・1-2a、3-8


 1ウジヤ王が死んだ年のことである。わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。2上の方にはセラフィムがい〔た。〕3彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」
 4この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。
 5わたしは言った。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
 6するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。 7彼はわたしの口に火を触れさせて言った。
 「見よ、これがあなたの唇に触れたので
 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
 8そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
 「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」
 わたしは言った。
 「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」


第二朗読 一コリント15・1-11


 〔兄弟たち、〕
《1わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。 2どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。 》
 3最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、 4葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、 5ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。 6次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。7次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、 8そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。
《9わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。 10神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。 》
 11とにかく、わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。


福音朗読 ルカ5・1-11


 1イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。2イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。3そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。 4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。6そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 7そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 8これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。9とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」 11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。


Posted on 2022/01/28 Fri. 08:30 [edit]

category: 2022年(主日C年)

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